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スティルライフ, I follow the sun

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「バティニョールおじさん」

2004年10月24日、日

「バティニョールおじさん」

赤毛のアンの最終巻「アンの娘リラ」のなかに
ブライス家の"台所監督"であるスーザンがカナダの参戦について思ったこと……
「スーザンはこれまでの人生で彼女なりの素朴な哲学をたくわえていたが、」
という描写が出てくるのだけれど、そのことをものすごく想起した

つまり、これは、ぼくのなかで
フランスのパリでそれなりにまっとうに商売してきた惣菜屋のおっちゃんが
ナチス・ドイツが猛威をふるうその土地にあって否応なしに戦争にまきこまれつつも
今までたくわえてきた素朴な哲学をふりかざして生きる話、、、なんだと思う。

おっちゃんは強くない
おっちゃんはガンコだ
おっちゃんは別に特別いいひとでもなかった

なりゆきでアパートの隣人の家族をSSにつきだすことになっていたり
なりゆきでナチス親衛隊の大佐の「おかかえ」になってしまったり
なりゆきでユダヤ人家族から没収された超豪華な部屋に住まうことになったりする
そうしてそれを頑として断るような正義感の持ち主でもないわけで
確固として抵抗運動をやっちゃうような人種ではぜんぜんなく
ほんとうにほんとうに、ごくふつうに商売をやっているだけのおっちゃんで
思想や政治的にはどこに属しているわけでもなく
時節柄、どちらかと言うと「時勢に乗れているカンジ」の奥さんや
思いきり親独派になっている娘の婚約者(みるからに悪者だ、すごいなあ)とは
今はかなりすれちがっちゃって、一歩まちがえば時代遅れの融通の利かないおやじで
たぶん戦争だろうが戦争じゃなかろうがおれはこうやって生きるんだ感がまんまんだ。

ころがりこんできたユダヤ人の少年を持て余し
おれにはそんな義理はないと叫び
商人なのに金儲けをことわる理由もみつからないので
自宅でナチス将校を招いたパーティーをひらいていたりする
頭はいいんだけれどユダヤ人以外の事情はどうも飲み込めていないかんじの少年は
おっちゃんに助けられ頭脳を役立てて立ち回りつつも、でもやっぱりコドモであるから
おなかがすいた喉がかわいただけど豚肉は食べないしパパとママはを連発するし
おっちゃんほとほと疲れるんである、どうしてこんなことに俺が?
自分で招いたなりゆきとは言え、たぶんおっちゃん何かを恨みたい。

なんだけれど、ある瞬間から
おっちゃんは猪突猛進する
おっちゃんはものすごくいいひとだ

ドイツに生きていないぼくでも思った、
おいおいそこまでするわけか?
そうしたら同じことを画面のなかで男がおっちゃんに聞いた

「そこまでするメリットはあるのか?」

おっちゃんは答える

「俺には、ある」

戦争だろうが、戦争じゃなかろうが
戦争でも、戦争じゃなくても
……おっちゃんはものすごくニンゲンだった

おっちゃんがほとばしるように一大演説をぶつ場面がある
すなおにがーんと気持ちが泣いた
涙が出るんじゃなく気持ちが泣いた
舞台は田舎の警察で、聞いている人間は素朴な巡査さんに
親ドイツ派の警部の二人っきりで、かたっぽは明らかに馬鹿にしているし
やっちゃったへまのせいでおっちゃん少年まとめてひっとらえられる寸前だし
条件としてははっきり言ってかっこわるい
でもおっちゃんはものすごくかっこいい、ヒーローだ
それまでなんとなく「なりゆき感」の漂っていたおっちゃんの肖像が
一瞬でぶれをなくし、ぴたりと焦点を合わせた気がした。

だけどおっちゃんは、あんまり自分のことをかっこいいと思っていなかったと思う
たぶん。

さいごのさいごまでおっちゃんは思想には定まらないが
けれど、人生に対する素朴な哲学、というものがあるとして
おっちゃんは最後までそれを変えなかったんじゃないだろうか?
戦争という大きな大きな流れのなかにいて、家族のなかでほぼひとりで。
おっちゃんはたぶん
はじめから最後まで、なんら変わっていないと思う
小市民的惣菜屋のおやじ、以上のものにはならない
しかし、それ以下にもならなかった

そうして、そんな自分なりの哲学をみうしなわなかった
歴史にはきざまれないけれど、ひっそりと「いいひと」だった人が
たくさんたくさん、出てくる
そんな、話

蛇足だけれど、おっちゃんの妻のひとは、割とよくない描き方をされ続けるが
でも結局のところぼくはアイを感じた
そのたった10秒があるがために
ああこの人はきっと本来夫に対してこういうひとなんであろう、と
ただ戦争という時勢が別の側面を浮き立たせるはめになっただけであって。



data :
「バティニョールおじさん」ジェラール・ジュニョ監督,2002年,フランス,103分
原題 : MONSIEUR BATIGNOLE
子供たちを救ったのは、さえないお肉屋のおじさんだった
ジェラール・ジュニョ、ジュール・シトリュック
第10回フランス映画祭横浜正式出品作品
2002年モントリオール映画祭正式出品作品

補足 :
赤毛のアンというのは日本ではさいしょに村岡花子さんの翻訳で紹介され、
10冊がアンブックスとして刊行されている、ぼくが読んでいるのは新潮文庫のこれ。
その10冊目では、あの“にんじんあたまのアン”はすでに48歳(ぼく推定)になり
主人公はアンの7人目の子どもである15歳の娘リラ(マリラ・ブライス)。
時代は第一次世界大戦のあいだの4年間、母国カナダが対ドイツ戦に参戦
これは戦線から遠く離れた場所にあって、息子・兄弟・恋人を兵としてみおくった女たちが
どのように「変わり、生長せざるを得なかったか」という記録でもあると思う
by stelaro | 2004-10-24 17:30 | コトノハ:cinema