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「神様のボート」江國香織

■ 2005/05/24 Tue 「神様のボート」

大学に入ったころ
もしそのときの自分の気持ちに合わせて音楽が聞けたらすてきだなと思って
そうやってCDを少しずつ買い集めた
もしかしたら本も同じように集めていたのかも知れない

わたしは本当に同じ本をくりかえしくりかえし、読む。

十日くらい前から急に
ものすごく短い髪をした葉子さん、に会いたくなった。
想像の中でこのひとは
小さなアパートの一階にあるたたみの部屋で
白い袖なしのブラウスを着て推理小説を読んでいる。
大きな手でページをめくりながら
庭に面した窓はがらりとあけっぱなしになっていて
日に焼けてしまったたたみには夏のお昼ごろの光が落ちていて
そうして、髪の毛はひどく短い、のだ。

あつぼったい推理小説と夏の日差し、
そんな風景。

その葉子さん、に会いたくなったので
本棚の奥のほうから拾い出してきてとうとうひらく、
「神様のボート」。単行本のかさかさしたページの感触はなつかしい。
葉子と草子と、今はそこにいないあのひとについての
人生の物語。

そう、くらしなんていうことばでなく人生と呼ぶのが
とてもぴったりしていると思う、この
女ふたりの物語は。

35歳から42歳になっていく葉子の「いつまでも変わらないこと」や
それにぴったりと寄り添いながらいつか16歳になってしまう草子。
場所だけを変えながら時間がとまったように生きていく葉子は
ひどく意思的で魅力的で、ひとつの危うさにみちているし
残酷なような凛々しさを身につけていっぱしの少女になってしまうことが
ときどきすごくかなしくてしかたないこと。
それでも二人で暮らしていること。

それをきちんきちんと描いてしまったから
この物語はよぶんに危険に思えるのかも知れない。
葉子の、少し風変わりな人生の泳ぎ方以上に。
海に出るつもりじゃなかったのに
つかまるあのひとの背中もないのに
泳げないくせに海に出てしまうしかないと決めて出てしまった
そんな、むちゃくちゃでまっすぐな人生以上に。

  「ママ運動会の音楽が好き。」
  「いろんな色の紙テープも好き。」
  ママはへんなものが好きだ。

どきりとする。

ちっぽけな不満を思いながらでもうまく口に出せなくて
しょっちゅう不機嫌になっている小さな草子のことを
私はまるで自分のことみたいに感じることができるし
ほかのことはぜんぶあやふやで仕方ないのに
あのひとと旅人であることだけは確かな葉子、のことも
同じくらいに近しい。
どこにいても結局おんなじことにしかならない
ずっとずっと旅人で訪問者で
いつか荷物をつめてまた出て行くものであるということ。
そんな感触でただ存在をして生きているということ。

ひとつのものになじんでしまったら
もう、ほかのものにはなじめないのだと言う葉子さん、と
それはなじもうとしないからだと考える理知的な草子。
うきぼりにされていくふたつの姿や
それが寄り添ったりすれちがったりしていく様子は
ほんとうに危険に思えてどきどきする。
涙が出そうなくらい、どきどきする。

とりあえず
着物を着て働いているという一行が
こんなにもぐさりとかなしかった小説を私は知らない。

1997年にはじまって2004年に終わる旅の半分
最初に手にしたときはこれが未来だったんだと
そんなふうに思って少しふしぎな気持ちにもなる目次。
最終章、2004年、東京。
神様のボートに乗り込んでいるかどうかはわからないけれど
たしかに、私も
この本と一緒くたになってちっぽけな旅をたぶんしている。



今日の本:
神様のボート」江國香織、新潮社、1999年7月
by stelaro | 2005-05-24 12:42 | コトノハ:ブックレビュウ