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「Dolls」

■ 2008/01/22 Tue 「Dolls」

いまさらながら、の感ありの
「Dolls」
では、あります。

つまり、にどめです。

北野武。

以前は、きちんと劇場で観ました。
ポスターの前でぼんやりしている写真が残っています。
(お人形ごっこがはやりました…そんな感じで、苦笑)
北野武は好きで、かなりちゃんと好きで
おかげさまで、劇場の椅子に背中をくっつけて、微動だにせず
けれど、こころここにあらず。

みたあと、その世界へ投げ込まれてかえってこない、それは
だいたい、訳もなくわたしの好きな映画に通じている傾向なのだけど
(いっしょに見るひとには迷惑な傾向では、ある。かなり、とても)
Dollsなんかの場合、そのトリップが
監督とか物語とかと全然一致しない乱暴さでおこなわれるところ、が
ほかの、やっぱり戻ってこられないお話、とは違うような気がしている。
物語に添っていって、シンクロして戻ってこない、ではないのだ。

しずかな音楽も展開も台詞も
しずかな顔をしているだけで、ほんとうは一方ちっともそうではなくて
「ひっつかんで、放り投げて、ねじふせる」。

そして、勝手にしている。
ものすごい哀しみなんかをどうどうと垂れ流して。
こっちがなにを思っても。
なにをわらっても。
痛がっても。

世界でもっとも美しい、「なにも持たないひとたち」よ。
残酷できれいで、哀しいところへ
いってしまった。

ただその乱暴な哀しさかげんに、二度目に触れたわたしが思ったこと。
もし、「しょうきをうしなった」として
せかいは
今このようにうつるように、わたしの目にうつるだろうか。
うつくしいものはそれでもまだ、
おなじようにうつくしく、思われるのだろうか。
感じられるんだろうか。

わたしの好きな、
あかの色とか、ひるがえるひかりとか、すける紅葉とか、
いろんなものもの。
奇しくも
「狂っちゃった、さわこ」の目がじっとみていた
あざやかなものたち。

暗くした、部屋の中で、
ブラウン管のひかりの前に座りながら。

そんなことを思った。



「Dolls」北野武脚本監督、2002年、日本、113分
あなたに、ここに、いてほしい。
菅野美穂、西島秀俊、三橋達也、松原智恵子、深田恭子
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by stelaro | 2008-01-22 00:18 | コトノハ:cinema