スティルライフ, I follow the sun

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「NANA」

■ 2006/06/09 Fri 「NANA」

ええと、笑いの方向に弾けていない下妻物語、かな?

……などというと、たぶん誰かから殴られそうだけれど。

コミックスの「NANA」はね、読んでいません。
矢沢あいは、「天使なんかじゃない」から
絵柄がついていけなくなり、読むのをやめてしまい
そのあと、手にとっていないのです。
……でも、いい話だというのは、知っている。
どうしてかわからないけれど、知っている。
(だからもともと矢沢あいはいい話を描くんだよ!<?)

あとからぼんやり想起すると、要所要所がやはり「少女マンガ」でした。
ヴィヴィアンウエストウッドが光っていました。
宮崎あおいの笑顔があんなにツクリモノに見えたのは初めてでした。
小樽の倉庫街では暮らせないよなあと思いました。
いちおう脇役(?)のドラムスのお兄ちゃんが素敵すぎました。
あの脇の最前列はめちゃめちゃ顔がわかりやすい位置です。

……と、いろいろ雑音は入るのだけども

たとえば下妻で桃子×イチゴがそうであったように
ナナ×ハチの、この
女の子にしか作りえないだろうなと思う恋人みたいな友達関係、
適当にクールで適当にひとりっきりで、ものすごく密度の濃い「ふたり」と
それから中島美嘉の奏でるオンガクのかっこよさで
私は全部を良しとします。

たとえばなんだか仕事で疲れて真夜中で
そこらじゅううらさびれてげっそり疲れて
何かあたたかいものでも飲みたいようなのにお店は軒並み閉まってて
お財布の中には五千円札しかないし、だいいちもう6月中旬だから
自販機はみんなキンキンに冷えていてどうしようもなく寒い、みたいな
そういう、なんだよこれ!という晩に(つまり今日?)
駅のシャッター前であまり上手じゃないギターを抱えて
お兄さんが二人歌っているのを見たとき
それに誰も立ち止まりゃしないのにギター抱えて
冷たいタイルにふたりで座って歌っているのを見たとき
なんとなく
あの眩しすぎるライトの中と外と、大音響と、声と、狂うくらいハッピーな気分が
がががっと心によみがえってきて、白い部屋でナナが、シャウトして、

ああ、オンガクって大事かもしれない、と。

その気持ちだけでどうにか家に帰って来られた身には
もう何も言うことはない。

すべてのライトに、乾杯。



data :
「NANA」大谷健太郎監督、2005年、日本、114分
原作 : 「NANA」矢沢あい、集英社
夢を歌う。
夢に恋する。
そして、二人は夢を奏でていく。
中島美嘉、宮崎あおい、成宮寛貴、松山ケンイチ、松田龍平
2005年日本アカデミー賞主演女優賞:中島美嘉
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by stelaro | 2006-06-09 02:11 | コトノハ:cinema

「ヴィレッジ」

■ 2006/06/08 Thu 「ヴィレッジ」

また、かなしい物語を見てしまった。

ほんの少しの怯えと
わずかな恐怖と
たくさん、たくさんの悲しみ。
それは、禁断の森の中にただそこだけ毒々しく散らばった
おびただしい赤の実のように、そこらじゅうにあって、
そうして、この先も
ていねいに、隠されていくのだろう。

知らされていない過去から、今、そうしてこの先まで、
流されない涙でできている話。

もしも、圧倒的な感情を「ホラー」と名づけるのだとしたら
この映画はまったくそのとおりのホラー映画であるけれど
そうでないとすれば、
かなしみを背負っている愛情の物語とでも、わたしは呼びたい。

禁断の森の中に、なにもしらずに、それでも
入っていくゆるしをください、と
ただひたむきに訴える盲目のひとみが、ただただ、美しかった話。
その、少し細められた木の実のようなかたちが、かすかにふるえながら
それでもひとつのことを見定めようとしていて、それに
逆らうことなんて、できるひとはいなかったような気がする。
架空の話であっても。

まるで時代のない村、
魔法でもかけられていそうな場所。
恐怖から解き放たれた
素朴であたたかい住人たち、ひるがえるスカートとブーツ。
……無垢?

このユートピアのために
あなたは
あのひとは
何を犠牲にしているのだろう。



data :
「ヴィレッジ」M・ナイト・シャマラン監督、2004年、アメリカ、108分
その≪地上の楽園≫は、
奇妙な≪掟≫に縛られていた…。
――何故?
ブライス・ダラス・ハワード、ホアキン・フェニックス、エイドリアン・ブロディ
2004年アカデミー賞作曲賞
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by stelaro | 2006-06-08 23:50 | コトノハ:cinema

水無月花

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おちつかない色もて、こころをえがけ

酸素と水素のみちた土ひかり……明日はもう、ない青を
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by stelaro | 2006-06-07 18:21 | フォトノヲト

「クレールの刺繍」

■ 2006/06/04 Sun 「クレールの刺繍」

描かれていることも、描かれていないことも
いろいろなことがらが
緊張を孕んでつむがれている物語だと思う。
男と女の、
母と娘の、
死んだ友人と生き残った男の
生まれてくる命と、それを育まざるを得ない母と
そのあいだに浮かんでいる、不可侵の
ぴんと張りつめた、緊張。

そこへ踏み込むにはなにかおそろしく、決断以上の勇気がいるんだよと
私は思う。笑い、次の瞬間にはもう翳る、
くるくるとつかみどころない複雑な主人公たちの
あかるくも暗くもない
しかし不幸ではないと思う、表情と日常を、みながら。

主人公クレールたちがアトリエで刺していく、信じがたく繊細な刺繍の
一針一針をみるまでもなく、手仕事は、優雅ではない。
つねに、ひどく、息をつめて
自分のいちばんするどくてやわらかい部分を全開にして
身を削りながらおこなわなければならない作業だ、と、思う。
この手から生まれていくもの。

全編にちりばめられた、たくさんのビーズやきらめく糸や
ヴェールのようにはかない生地、たくさんのボタン、
そういった
ひとつひとつはただ、こまごまと愛らしい、
無数の手仕事の材料とかけら。
それで織られたこのたった90分足らずのものがたりは
とてもきびしい。涙をゆるさないで歩いていかなければいけないくらい、きびしい。
職人には待っている暇はないのよ、と、そんな声がきこえる。
うつくしくて、はかなくて、こわれやすくて、、、うつくしい。

そんなきびしい想いを抱えながら、
ひとは、うつくしいものをつくる。
青いターバンからこぼれるクレールの紅い巻き毛や
ひとしきりざあっと降ってくる雨、風、
それに触れてほほえむとき。

生きてゆくことは、細かすぎるパッチワークで
幸福も不幸も、そんな単純なかたちでは
ここにはないんだろうなと、思わされたとき。

刺繍をしたくなりました。
針と糸を恋しくおもいました。
ゆったりと刺されていくそれではなくて
ただ、息を止めるように、無心に、向き合いつづける
アートとしての、じんせい、としての、
それらの手仕事。



data :
「クレールの刺繍」エレオノール・フォーシェ監督脚本、2004年、フランス、88分
原題 : 「Brodeuses」
一針一針にこめられたのは、その命への思い
ローラ・ネマルク、アリアンヌ・アスカリッド
2004年カンヌ映画祭国際批評家週間グランプリ受賞
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by stelaro | 2006-06-04 18:16 | コトノハ:cinema