スティルライフ, I follow the sun

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■ 2006/01/21 Sat 「雪」

明け方から雪、
気がつくと雪、
つもっていた雪。

ぱしゃり、と音をたてて屋根から塀の上から雪氷がおちる
まっしぐらに落ちて、水ととけて、
ぱしゃり。

前にねむっていた部屋はベッドをぴたりと窓につけて
台風がきても雪がふっても、
それがわかるたびに雨戸をはんぶん開け放っては
窓枠にあごをのせて外をみていました。
真夜中なら部屋のひかりが四角く外におちるので
そのなかだけ季節は激しく舞い吹きすさぶので

その白いしかくい窓を、あたしがじっと、見ていた。

……そんな昨日をおもいだす。

今眠っているところからは、外がみえない。
ただ分厚いうす灰色の雲がいちめんにあって
少し熱っぽいあたまで、今はいつかとかんがえる。

切りとらないのは、儚いから。
水雪は、つもりながらまたたくまにぱしゃぱしゃとくずれおちて
その暇までもくれないから。
ただ、気がついて見つめるまで。
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by stelaro | 2006-01-21 16:06 | 点景、スロウデイズ、紅茶時間

「哀しい予感」吉本ばなな

■ 2006/01/17 Tue 「哀しい予感」

この、ふとくりかえしひろげてしまう本は
思いつきのままどこにでも連れていかれていて
お風呂のなかから飛行機に乗っかって南のほうの島まで、
もう、ずいぶん旅をしている。
主人公の弥生が自分の人生について旅をする話だが
私がふとどこかの古本屋で買ってきた文庫本は気がついたら
どうしてか呼ばれたみたいに、私と一緒に
どこへか旅をする役目をおおせつかっていた
すりきれるくらいに。

一緒に、どこまでか行ってくれる本を探すとき
哀しい予感がわたしの頭のなかにくっきり浮かぶとき
原マスミさんの描いた、このいつもはほったらかしてある小さくて軽い一冊を
わたしが、部屋のどこからか拾いだしてくる。
ゆきのさんの部屋にはとうぶん及ばないにしても
ごたごたの部屋のどこに「彼女」がいるのか、そのたび私はきちんと知っていて、そうして
荷物の際に、この薄っぺらくかなしく懐かしい本を
そうっと素早くすべりこませる
誰にも見られないように。

旅先でこの本を、ひろげたことは殆どない
だって旅は旅だから
笑ったり泣いたり見たことのない景色に驚嘆したり
夜の風景やひとのぬくもりによっばらって道ばたで
しゃがみこんで空がまるいのを知ることで
わたしはひどく忙しくて、幸福だから。

それでも、荷物のなかで
ときにもみくちゃになりながら
同じ道を来た、ひとつのものがたり。

もうだいぶ傷だらけの表紙にふれると
雨と灰色の気配がみちてくる。
夏の話なのに私はいつも
梅雨のなかで傘をさしてしずかにたたずむひとの幻をみる。
雨に濡れそぼつ石の灰色にはさまれて
彼女は、しずかに、
ときにはふたりで
けれど手をつなぐこともなしに、まるで
せかいのおわりを見つめるように、その淵に立っている。
哀しいをとおりこした、まなざしと沈黙の場所、
旅の最後に行きついてしまう場所。

なつかしい、姉妹の
夢のような、
夢から醒めていくような
ドラマ。



哀しい予感」吉本ばなな、1991年、角川書店
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by stelaro | 2006-01-17 02:16 | コトノハ:ブックレビュウ

「エミリー」嶽本野ばら

■ 2006/01/16 Mon 「エミリー」

もし、嶽本野ばらを好きかどうか尋ねられたとしたら
わたしは首をかしげると思う。
たぶん著作のほとんどを読み通しているのに
首をかしげると思う。
なぜだか。

はじめてこの人らに会ったとき
あたしは今よりもう少し幼くて
もう少しお洋服が憧れの対象で
そうして大幅にめくらめっぽう、だった。
使ってはいけない言葉だが、そうだった。
たとえば病に溺れることについて、「自死」ということについて、
ひとは生きている限りあたたかいということについて。

「めくらめっぽう」。

それは無限の勇気の湧いてくる立ち位置であって、同時に
だんだんとこわれてゆくことを「是」とするみたいな
たぶん…このささやかな青い文庫本に集録されている
コルセット、という短篇の二人のような
とかく、頽廃としたあかるい闇みたいだったと思う。

だからあたしは彼らを厭い
彼らを、懐かしいと、思う。

  死のう、死なねばならぬ、明日こそは死のう、死のう。

  このお洋服を纏っているときだけ、私は
  世界に存在することを許されているような、
  そういう心持ちになれたのです。

……その言葉の触れた先、染み通っていった場所……すなはち、わたくし。
ああ気付かれてしまったひきづりだされてしまったとわたしは思い
そして、この頽廃的で厭世観にみちあふれていて
一種「お耽美」な物語らを
わらって脇にどけることができなくなるのです。
投げ捨てて去る、ただそれだけのことを阻むもの、それは
きっとわたしもどこかでこのようであるのだという立ち上ってくる確信と
その小さなかけらを無限に押しひろげてそのなかにたゆとう、ことの
たしかなここちよさにあるのかも知れません。

エロスとタナトスが同等である
こどもじみて破壊的な、破滅的な
真昼にさらされた寝物語のように、淫靡で
そうしてせかいの淵で生きている者をやさしくやさしく撫でてしまう
その腕(かいな)に入れてしまう

辺境にすむしかない君のために僕が世界をつくって上げる。

そんな、そんな
無邪気でとろとろに甘い苦しいメッセージを
行間のすべてからあふれさせ、

エミリー。

それはもう、顔をしかめ目を背けるしかないような
不必要ならば幸福か知れない夢なのだ、と
ぼんやりと頁をくりながらわたしはかんがえ
いつか時がくればまた物語のなかに戻ってゆくのでした。
くりかえし
ぶよぶよとした闇の中を手探りするよな
そんな、生理的嫌悪とともに。
それがひとつ魅力をもって瞬いていることや
自分のなかへ降りていくからこそ嫌悪なのだということを
百も承知でありながら。



data :
エミリー」嶽本野ばら、2005年、集英社文庫
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by stelaro | 2006-01-16 01:59 | コトノハ:ブックレビュウ