スティルライフ, I follow the sun

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マルノウチ


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マルノウチ、こんなふうにひかり。

ハッピーニューイヤー。

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by stelaro | 2004-12-30 18:41 | フォトノヲト

最後のジェーンマープル

■ 2004/12/30 Thu

年の瀬のマルイにてくてく出かけていってみる
ジェーンマープルをめざして、てくてくゆく
途中の地下街でカレンダーフェアをやっていて
目をみはったくらいに、なんでも置いてあった
丸善ブックメイツは文具と雑貨関係がすごく充実していていいなと思う
雑誌でお世話になっていたころは、、、うむむむむ、さておき

完売したきたのじゅんこのカレンダーも
伊藤尚美さんのも吉尾良里さんのもみんな置いてあって
いちばんほしかったのはやはり吉尾良里のなんだけれど
ものすごくサイズが大きくて……台紙が二つ切りサイズくらいあったと思う
カレンダー自体は台紙に、それに写真とイラストだけの12枚月めくりがついている
あいかわらず、とても、よかった
しろっぽい写真のうつりぐあいやペンで添えられた何の気なしの画が
とてもとても、おちつくので、ああぼくはほんとうに好きだ

けれど、カレンダー
気に入って買ってくるのに自分の手で壊さないといけないのはかなしいので
最近はあまり買っていず、吉尾良里のカレンダーはいつも
ばりばりとやぶらないといけないものなので、今年もまたみおくった
それに、いくらなんでもサイズが大きすぎたので

そうして、てくてくとまたマルイに向かってゆくのだった
12月30日にこんなところにいたことなんて、たぶんなかった
あんまり人が多いので(いや、ここらあたりはいつも多いけど)
気分的に迷子になったりして
アクセサリー売り場がずらっとならんでいる、今って何のフェアになるのか知らん?

とにかくジェーンにやってきたのは
担当さんにさようならを言うためでした
はじめてジェーンに来たときからずっとお世話になっているひとが
退社することになったので、、、お別れを言いたいとここまで

買った服のほとんどすべてはこのひとを通じて受けとった
たぶん一枚のこらず……どこかでこの人の手を通して
ギフト、であるお洋服、
そういう経験をしたのはすべてこの場所とこのひとが最初だった
ジェーン、イコール、この店員さん、でもあるから
なんだか自分のジェーンマープル生活が終わっちゃいそうでさびしかった

いつものごちゃまぜスタイルではなく
ジェーンマープルを身につけてゆこうと頭をひねる
そもそもコートがジェーンなのでジェーンになってしまうのですが
それでもやはり、、、お店に行く時はそのお店のものをと
今ではそういうふうに、自然に思うようになっているから
そういうわけで帽子をふたつ持って出かけてしまいました
ジェーンで買った帽子は二年前のカーキ色のぽんぽんベレーで
ずっとかぶりつづけるのは、少々きつく
サニークラウズのマッシュルーム帽子をかばんにつっこんで、出かける
(偶然だけれどこのマッシュルームはシルエットが少しジェーンらしい)
去年買った別珍のコートで(時間がなくてケープをつけてゆけなかった、不覚)
グレーのジャンパースカートで、、、ペチコートがわりにキュプラのスカートで
カーディガンだけ、田園詩のたけみじかなボレロ風ので
この間いただいたくまのネックレスで(秋のノベルティだったようです)

みつあみでベレーで鏡をみたら、ジェーンマープル少女が映っていて、笑った
ああこのショップに通っていた二年半くらいで、実はちょっとずつ
ジェーンマープル風のコーディネートを身につけていたんだな、と
はじめてそんなことを、思った、レースもパニエもミニスカートもなくて
それでもろりちゃんであるというこのスタイル
まあ、顔は、ともかく。

担当さんはメールいただいたとおりしっかりお店に詰めていて
きゃあああああ、といつものようにやってきてくださったのでした
この笑顔に、ほんとにいっぱい助けてもらった
今日は、冬物のペチコート(ドロワーズとシリーズで出たやつ)を
一枚をスパッツの上に、もう一枚を腰に結んだスタイルで
やはりこの人の着こなしはちょっぴりカネコだ、と思う
お友達の手作りという、大きなコサージュをたらんと垂らしてつけているあたりまで
……年が明けたらワンダフルに移るそうです
今度こっそりうかがいたいと思います、初ワンダフルワールド
そうして靴下とかこっそり買って帰ってくるのです
絵型の見方なんかも教わっちゃうのです
カネコのプリントってものすごーーーく実物がきれいなんですよ!

春物カタログは……なんか、なんか、好みでした(T_T)
少しエレガントなおねえさんラインに戻った感じ
ドンルでないときから心の中が悲鳴でしたもん
ハイウエストのだぼっとした黒のパンツ(吊り付き)とか
セーラーのジャケットとか、ストライプの短いワンピースとか、、、どうしよう~、と。
もっともお財布のなかみはいつもからっぽなので悩むだけだけど
それでも、リバティプリントのシリーズだけ入荷ご連絡をお願いしてきました
リバティ社に発注して作ったというプリント生地の上に
レースを重ねているデザインで、ものすごく素敵だったので、思わず
実物を見てみたいな、って、、、

今度はいったいどなたから連絡をいただくことになるのか
少し、びくびく、しながら
それでも

結局ジェーンマープルがすごく好きなんだとよくわかった時間
さよならとお礼をたくさん言った

また会えますように
また来られますように
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by stelaro | 2004-12-30 14:50 | 服色日記

「いま、会いにゆきます」

「いま、会いにゆきます」


まだ公開中なので、、、、、、感想はあらためて。




data :
「いま、会いにゆきます」土井裕泰監督、2004年、日本、120分
原作 : 『いま、会いにゆきます』市川拓司、小学館
中村獅童、竹内結子、武井証、浅利陽介、大塚ちひろ、小日向文世、YOU
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by stelaro | 2004-12-29 23:28 | コトノハ:cinema

「木曜組曲」

■2004/12/28 Tue 「木曜組曲」

こういうのもひとつの狂言自殺と言うんだろうか
そんなフレーズが頭の中をぐるぐると回っていた、後半
狂言の意味合いがそもそも違ってしまうけれども
それでも、「狂言」、と読んでしまいたくなるような
ひとつの、つくられた
謎にくるまれて保存されている「わたくしの死」

真夜中にふっとテレビをつけたら映画をやっていて
つまんないとすらっと消してまた眠りにもぐってゆくのだけれど
なんだか気になって仕方なくなると
自分に言い訳しながらそっちのけでのめりこんでいる
ああ、物語は毒薬だ

やすっぽい謎解き映画ではなかったから、そうして
単なる犯人探しでもなかったから、さらには
コマ割りがときどき恐怖を誘うにしても、怖がらせるための映画とはちがったので
(年の瀬の午前4時にこたつでひとりでホラーなんて!)
途中で消さなくてもよくて、ますます途切れない夜の
……深夜映画は、けっこう、好きです

大小説家(おそらく精緻で華麗な文章であったことでしょう)
彼女と“かかわらずにられなかった”四人の作家と同居人でもあった担当編集者
ひとりと、ひとりをめぐる5人のおりなしていた緻密な感情の囲いが
どうやってふくらみどうやって破れていったのかを
少しずつあからさまにしてゆく毎夜の作業
誰が誰をにくみ誰が誰をうたがい誰が誰を……さあ、ころしたのか
時間をかけてつもる思いは、かたまり、がんじがらめになるからこそ
親しみのない相手には抱きようもない屈折した方向にむかって噴き出していくので
焙り出されるドラマは、ごくしぜんに、ほんとうにみごとになってしまう

  たまに、思うこと
  あまり考えたくないのですぐにやめてしまうこと
  殺人事件や推理小説なんて殊更に求めなくても
  たとえば十年もいっしょにいた人たちを数人、ここに用意して
  ふかくふかく、その中を探っていったら、きっとそれで十分だ

物語を生み出す者であることを最後まで捨てなかった大小説家を
浅丘ルリ子が演じていて、どうしようもなく説得力がありました
後進の者に道を譲るなんてことは考えもしない
そうして、その才能でひとを惹きつけ、
がんじがらめにしふりまわしていく
最後の最後まで自分が主役であることを止めようとはしない

彼女は本当にくるっていたのでしょうか
彼女は本当に「自殺」をしたのでしょうか

真相はまたこれからつむがれるだろう物語のなかに。



data :
「木曜組曲」篠原哲雄監督、2001年、日本、113分
原作 : 『木曜組曲』恩田陸、徳間書店
みんなで、殺した?
鈴木京香、原田美枝子、富田靖子、西田尚美、加藤登紀子、浅丘ルリ子
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by stelaro | 2004-12-28 05:52 | コトノハ:cinema

massage for you

■2004/12/27 Mon 17:40 massage for you

年末っぽくそとはくもりで
全体しろくて雲に覆われているのを見ると
なんとなく雪雲だ、と思い、それから冬だなと思う
こわくなるくらいの暖冬で雪のかけらものぞむべくもなくても
そんなふうに、ぼんやり

こたつで、白湯の入ったマグカップを置いてあって
昔ならそこに石油ストーブがあってまっかに焦げていて

クリスマスはひとりでかぜでした
神田精養軒のお人形クッキーとグリティ・ベンツほしかったなあ
クリスマス限定販売のものはへんに素敵なものが多いから
この時期はむだにふらふら外を歩くのがいちばん娯楽だったりして
500えん、とかそんな小学生のおこづかい(よりちょっとだけ多い)みたいな
こまごました予算でこまごまとしたものをあつめてひっそりよろこぶ
手に入れられなかったら、じゃあまた来年、と気軽に笑えるくらいがほんとうはいい
たのしみは思案しているあいだのこと
ガーゼのはんかち、巾着、にわとりのかたちのおまんじゅう
クリスマスカードは今年も半分しか出さなくて、また手元に在庫がたまってしまったし
去年は買っただけで終わったんだから、これも進歩でしょう
わらって、おわりに

お洋服ブランドさんから届くお知らせはすでに春だ
きちんと正当な寒さを味わっていないのにすでに春だ

冬をむかえて、冬を越える
ぼくはいつも、そのことでつまづいているような気がしていて
冬を何の気なしにすぎゆかせていけたころのことを
今ではふしぎな感覚をもって思い返す
あのころどうしていたことだろう
そうしてあなたは今どうしていることだろう

メリークリスマスでした、よいお年をね

それくらいの、気軽さでもって、また
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by stelaro | 2004-12-27 17:40 | 点景、スロウデイズ、紅茶時間

「アリーテ姫」

■2004/12/19 Sun 17:26 「アリーテ姫」

音楽に惹かれた
(担当は千住明だそうだ)
なんの楽器かもさだかではない音色のこと
たったのひとつの音のゆらぎで
物語のなかの不安をあきらかにつたえること
ながれていく映像と一緒に
たゆとう

ああ音楽って
シンプルに魅力的なものだ

それを言ったら声を担当しているひとたちもまさにそうだった
主人公のアリーテは魔法をかけられて
自分の意識を封じ込められた「おひめさま」に変えられるのだけど
その束縛の下で本来の意識が戻りかけていることを
せりふじゃなく声音で、あきらかにできるということ
語り口からその人柄が、感ぜられるということ

演じるちからっていうのは凄いものだと、思う
このアニメは絵柄がとてもしずかで、音について余計に感じられるのかも知れない

せりふやことばの重みがとてもきわだっていて
たくさんのことを語らせているお話
くりかえし打ち出されてくるテーマは
強調されすぎて少ししつこいかも知れないくらい
思想に裏打ちされた、たくさんのことば

自分のいる場所について考えないわけにはいかない状況は
ほんとうにたくさんのことばを生むけれど、この映画はまさにそういう主人公が
まっさらなじぶんを実行してゆこうとする話なので
魔法ファンタジーやSFっぽいモチーフが散乱している世界で
それに尋常でない行動力と意思と、それに知識もあるお姫さまで
それをぜんぶ使ったら、きっときらびやかなお話が展開できるにちがいないのに
ちっともそういう物語にはならない、むしろとても地味
派手な設定の主人公と魔法使いなのにね
もうひとりの登場人物、村のおばさん(?)アンプル(高山みなみ)、が
いちばんこの話のイメージにぴったりな気がします
物語の後味としてのこるもののこと

主人公アリーテ自身がなかでつむいだ物語のように
「もっと、ドラゴンや黄金の出てくる話でなければつまらない……でも」

でも、の先のほうに
つまんなくて、でもだいじな
ものがあるにちがいないのよと

大声では言えないけどそういうふうに思うなら
きっとどこかがこころに溶ける気のする
ちっぽけであったかい物語



data :
「アリーテ姫」片渕須直監督、2000年、日本、105分
英題 : PRINCESS ARETE
原作 : ダイアナ・コールス『アリーテ姫の冒険』(学陽書房刊)
こころのちから。
桑島法子、小山剛志、高山みなみ
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by stelaro | 2004-12-19 17:56 | コトノハ:cinema

吉尾良里のとりさんかばん

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それはこんなかばんなのです……>ぺ。

なかみはミニタオルとカメラと空のカートリッジ
あ、今一本撮りきったのが入っているのだった、はやくプリントに出さないと
12月の朝の庭の、はっぱばかりがばしゃばしゃ入っているはずの、25枚
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by stelaro | 2004-12-18 12:10 | arts+music

T先生のこと

■2004/12/14 Tue T先生のこと

新聞で、今年度のNIE教育の特集をながめていて
「セーターになりたかったけいとだま」のことを思い出した
すきだった絵本のこと

小学校のとき、秋に読書週間というのがあって
図書館の廊下の壁に、先生たちの「おすすめ図書」がびっしり貼られたのだけれど
そのなかに、T先生のやつがあった
先生はもう年配で教務担当をしていたから、授業ともクラブも委員会とも無縁なのだが
なぜだかへんに生徒となかがよかったと思う、ぼくもちょっとなかがよかった
その先生が紹介していたのが「セーターになりたかったけいとだま」で
紹介のさいごには、「読んでみたい人は職員室のぼくのところまでどうぞ!」
と、書いてあった

本ならなんでも読んでみたかった活字中毒(当時)の11歳のぼくが
よろこびいさんで先生のところにすっとんでいったのは、言うまでもない

そのころすごく仲のよかったともだちと三人で職員室に行って
びっくりしたこと、
先生のところには貸し出しノート、というものができていた!
そうして、そこには、もう何ページかにわたる生徒の名前とクラスのリストができていた!

このがっこうの人はそんなに本好きだったのか~、と
落胆した気持ちといっしょにびっくりしたこと
今思えば、この先生の紹介した本だったから
みんなすっとんで借りに行っちゃったのかもしれない
そういう先生だったんです
おじいちゃんにまとわりつく孫と似ていると思う。

リストのさいごのさいごにぼくは名前を書いて
(ともだちのほうが先だった、我の強いやつのはずなのに、どうしてかなあ)
そうして本は学校中のあっちこっちの子の手に渡り
わたりあるくうちに冬休みも越えてしまって
ようやく手元に届いたとき、ほんとうに夢中で読みました
「セーターになりたかったけいとだま」

……そんなに長くもない絵本です
文字どおりセーターになりたい赤いけいとだまが主人公で
手芸屋さんの棚にならんでいるときから、もう夢はセーターになること!
ほかにも、売れ残りでどうせ買ってもらえないんだとやさぐれているけいとだまやら
いつかしましまのマフラーになろうねと固く誓い合っている恋人同士のけいとだまなんかが
同じように売り場にいるんだけれど、そのなかで、10個の赤いけいとだまは
だんぜんセーターになりたくてたまらない
こっそりセーターのつくりかたを隣に置いたり自分たちをリボンでたばねて
買ってもらえるときをどきどき待っているのです
彼らの言い分がまたすてきで

この世にけいととしてうまれたなら、いちどはなってみたいもの、それはやっぱり

セーターです!


おおそうかと思いました。(笑)

そうしてある日、おばあちゃんが、けいとだまを買ってゆく……
なんだかとても大きなものを編み始めて、
これはもうきっとセーターにちがいないと、もうみんなうれしくてしかたない
どの場所になれるんだろう、、、とカゴのなかでわくわくしているのだけど

でもでも、9個のけいとだまを使い切ったとき
おじいちゃん用のセーターが編み終わってしまうのですよね……
クリスマスプレゼントの赤いセーター。
のこされた一個のけいとだま、セーターになれなかったけいとだま
そのさいごのけいとだまの、お話です

ぼくはこのお話がほんとに猛烈に気に入ってしまい
どれくらい気に入ったかというと、ぜんぶ描き写してしまったくらい気に入りました
絵本なので「描き写し」ました
念のため、、、当時、コピー機はすでにちゃんとありました
コンビニエンスストアとかコピーが今ほど身近じゃなかったけれども……
しかしぼくはその頃のぼくだけに通じるふしぎな理屈で
お金を払うことよりも本屋に行って本を注文することよりも
ひたすら手で写してしまうことをなぜか選び、1ページ1ページ、ノートに
日々ものすごい勢いで、改行も絵もできるだけ真似してひたすらかきかきと
色鉛筆で色も塗りました
思えばひとむかし前の写本のようです
写してしまえというのはなんだかニンゲンの欲求なのか知らん?

自分でも編み物がとても好きだったから、おはなしにのめりこんだのだと思うけれど
それでも、自力でコピーしようとするのはちょっと変わっていたかもしれない、、、
中学生になっても同じことをしていたし、そういう性質なんだろうかと思います
その本はもう200ページくらいもあるりっぱな本で、さすがに写しきれないまま
図書館に返さないといけなかったけど……「ふたつの家のちえ子」と言いました

そんなことをえっちらおっちらしていたわけだけれど、T先生のところに無事に本を返し
三学期も過ぎたのですが、先生は定年退職になりました
だけど、退職する前に先生はぼくに、その絵本をくれました
最後まで持っていたのはきみだから、記念にあげるよ、と
そう言って、ぽんと渡してくれました

これが、ぼくの、けいとだまの絵本とT先生についての思い出で
手元にのこる裏表紙のみかえしのところには、小学生のまだゆがんだ字で
もらった日付といっしょに、先生の名前が書いてあります
サインでももらっておけばよかったなあと思うんだけれど
あいにく、それを言い出せるような子どもでもなかった
どこからなにを見ているか、ぼくの目からはよくわからない先生だったので
もしかしたらぼくがその絵本をやたら好きだったことや
ばかみたいに日々色鉛筆を握ってけいとだまの絵を描いていたことを
どうやってか、知っていたのかもしれません

そういう先生がぼくにはいました。
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by stelaro | 2004-12-14 22:56 | コトノハ:ブックレビュウ

photo note 「2002/12」

2002, December




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エンドライン


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にゃあ?


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春を待つもの


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路上パレット


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あまりにも見慣れたものをふりかえる朝






過去写真ふたたびつづき、2002年12月、と思われる五つの風景
でもたぶんひとつめとか違うような気がします……が。

1、高輪駅前の歩道橋の上から
  この同じ場所から2002年の10月から12月にかけて十数枚の写真をとった
  そのなかのいちばん好きなところ
  立つ位置とピントを合わせる箇所も決まっていたすべてちがう空のこと
  時間はきっと午後の4時半から5時であった、つまり帰宅時間です
  できたものは「定点観測」というアルバムにまとめて今は自宅にあります

2、高輪台の一角
  なんだか高そうな車、とか、高そうな犬、とか、さりげなくセコム、とか
  それ以外はけっこうふつうの住宅街に見えて、そうしてねこがよく歩いていた道
  りっぱな車の上にてくつろぎまくるねこを撮らせてもらったところ
  プリントしてみたら塀の上にもねこが居たことに気がついたのでした
  セールスマンの人のディティールをうつさぬよう、時間待ちにひやひやしました
  人を待っていたら、たいてい、ねこは逃げるので

3、駅前の、百貨店の屋上の花屋さん
  下の、10月の鉄骨キリンと同じ場所
  このシクラメンは地面にじかにおいてあって、高さが15センチくらいなのかな
  むりやり体をねじまげて撮ったので、背中とかわき腹とか痛かったです
  153センチの身長の勝利なのですとあとでひとりでいばりました
  なんだそのくらい、と思ったひとは、地上25センチの位置に目線を置いて
  カメラを構えるまねをしてみましょう……地面と平行に
  ちなみに膝をついてはいけません
  ジェーンマープルの(かなり上品な?)ベロアのワンピースを着ていました
  格好と行動がぜんぜん一致しないのはいつも同じです

4、国道1号線沿い、フェンスの内側
  紅葉、というものを撮りたいなあとひたすら思っていたけれど
  ことごとく失敗していたころ、たぶん今もうまくはいっていないけれども
  朝にまだ日のさしはじめるころに地下鉄の駅を出てコンビニの前の信号を渡ると
  プラタナスの並木の続くまっすぐ道路をてくてく歩いてくのだけれど
  その途中に、このように落ちて整列している葉っぱをみつけた
  ……いちょう。
  このフェンスの内側はおそらくどこかの宗教団体の専用駐車場なのである
  たまにね、観光バスを何台もつらねて東北のおじちゃんおばちゃんがやってきていました

5、大学のチャペル
  4年間+アルファ、も通ったのですっかり見慣れきっていたにもかかわらず
  このチャペルをきちんとうつした写真はこの一枚しかありません
  むこうで本職のカメラマンの人がえらいカメラを構えてちゃんと撮影しています
  たぶん来年の学校案内かキャンパスガイドの写真をかざるんだなと思いながら
  通勤の朝に撮っていました、たぶん今まさに見えるものもこれとおなじで
  つまんながるひとも多かった大学だけど、ぼくはけっこうここが気に入っていたよ
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by stelaro | 2004-12-13 23:32 | フォトノヲト

「戦場のピアニスト」

■2002/12/12 Sun 「戦場のピアニスト」

劇場の画面でノーカットでノンストップでみたいもの、は
確実に存在すると思う
そんな映画のなかの、ひとつだと思う

あらかじめ言えば、公開当時に劇場まで見に行っているのです
そうして、ひどく、やられたと思ったのです
カンヌのパルムドールだの最優秀主演男優賞だの
あんまりびっくりしないくらいに、たぶん

作品のもつ、ストレートな、有無を言わさないつよさ、のようなもの

それは
ゲットーの中にとじこめられた当時の主人公(シュピルマン)の感覚が
しだいしだいに、常軌を逸したはずのその環境に慣れていることに気がついたときや
死体を抱きしめて泣いた最初の日から
それを乗りこえて踏みつけていくようになった囚われの日
なんの運命のいたずらか、彼がふたたびゲットーに転がりこんだとき
目の前にどっと広がった、イノチのかけらさえもない
灰色の瓦礫の山となった「元・住居」の圧倒的な圧力、あたかも
自分がひとりその場所に転がり落ちたかのような映像の大きさ
そうして、追い詰められたさいごのさいごの瞬間のせりふ

そういったものがひとつひとつ確実にこちらを打ってくるということ

動かないで立っていることの方が困難だと、ぼくは思う

だから、思い切り大きな画面で
嫌な感覚をもいっしょくたに
ノンストップで、見ておいて
よかったと思った

おっかないんだけど
きもちのいいものでもないんだけど
好きで味わいたいことでも知りたいことでも
ないよ、という現実がそこに存在するにしろ

あらかじめ知らなくてもよいという選択を自分にくださないかぎりは
(そしてそういう選択肢はすでに二十年も前にすててしまった)

灰色ばっかりの世界であり、男ばっかりの世界であり
希望よりも死体のほうが多く
銃弾も炎も浴びせ掛けられるだけ浴びせ掛けられるのだが

しかし。



data :
「戦場のピアニスト」ロマン・ポランスキー監督、2002年、ポーランド・フランス、148分
原題 : THE PIANIST
音楽だけが生きる道だった
エイドリアン・ブロディ、トーマス・クレッチマン
第55回カンヌ国際映画祭パルムドール賞(最優秀作品賞)受賞
東京国際映画祭第15回記念大会特別招待公式参加作品

※この感想は翌年1月30日に、書きました
 それから今回みたのはテレビで放送されたカットありの吹き替えものです
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by stelaro | 2004-12-12 23:34 | コトノハ:cinema